セキスイハイム東四国

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住まいのコラム

実家じまい |2025.10.15

 「そろそろ実家をどうするかを考えないと」いつかそんな日がきます。親の介護が現実味を帯びてくると避けて通れないのが「実家じまい」です。誰かが中心になって動かざるを得ない時、跡取りは注目されます。
 解体費用や税金、業者、交通費、実家じまいにかかる費用を書き出すと、出るのはため息ばかり。親の家なのに、なぜ子供がこんなに負担するのだろう、と思うのは私だけではないのでしょう。

 さらに厄介なのは地域や親戚からの言葉です。
「せっかくの家を壊すなんてもったいない」
「代々続いた家なのに」
「先祖に顔向けできない」
そんな言葉を聞くたびに、罪悪感が募っていきます。守ることが正義か、手放すことが愛なのか。正解のない問いに寝られない日があるかもしれません。地域や親戚は口は出してもお金や労働は出してくれません、あくまでも他人事です。
 兄弟もそう簡単には行きません。
「長男でしょ」
「近いでしょ」
「一番迷惑かけたでしょ」
一方的に負担が偏っていきます。不公平だと思いながら、兄弟の関係が少しずつほつれていく。
 それでも前に進むために「実家じまい」を始めます。家を片付けるだけでなく、親との思い出や家族の関係と深く向き合う時間です。負担も葛藤も大きいけれど「わかる」と共感してくれる人がいるだけで、ちょっとだけ肩の荷が軽くなります。

 「実家じまい」とは、親の家を片付け、売却や解体に向き合うことです。仕方ないと理解していても、そう簡単に割り切れるものではありません。費用や労力だけでなく、思い出や感情を背負うからです。片付けの途中にふと出てくる色褪せた写真、幼い私と両親、兄弟、母のハンドクリームやエプロン、父の万年筆や眼鏡、モノですが、捨てるにはあまりに重く胸を締め付けます。結局ゴミ袋に入れるのですが、本当にいいのかの押し問答。
 いよいよ解体となるとまっすぐ見つめることができない。モノだけでなく、声や匂いも消えたような孤独感、その一歩でやっと肩の荷が下りる安堵感。そんなに簡単なものじゃないからこそ、今から考えておく、自分のためにも。