セキスイハイム東四国

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住まいのコラム

中東情勢で街から色が消える |2026.06.01

 スーパーの棚で、お馴染みの菓子袋が白黒になる。理由はホルムズ海峡封鎖による「ナフサショック」。石油化学製品の原料であるナフサが滞り、インクやフィルムの供給が逼迫したのである。
 企業はまず「不要不急の色」を削り始めた。四色刷りを二色刷りへ。限定パッケージは中止。SNSでは「地味」「レトロで逆におしゃれ」と評価が割れたが、考えてみれば、日本人は昔から色を禁じられるたびに、新しい美意識を編み出してきた。

 江戸の奢侈禁止令では、町人は派手な着物を禁じられた。しかし彼らは諦めなかった。表地は地味な鼠色、裏地にだけ鮮やかな紅を忍ばせる。茶色だけで48色、灰色に至っては100色という「四十八茶百鼠」(しじゅうはっちゃひゃくねず)という異様に豊かな灰色文化が生まれ、“わかる人だけわかる粋”が成熟したのである。
 現代も同じかもしれない。物流危機と資源高騰のなかで、色は「贅沢品」へ戻りつつある。コンビニの棚から虹色が消え、白黒パッケージが並ぶ光景は、一見すると不況の象徴だ。だが同時に、「色を使わず、どう魅せるか」という創意の時代でもある。デザインの世界で使われる文字を読みやすく美しく見せる工夫「タイポグラフィ」、紙質、余白、触感。デザイン力が洗練される機会かもしれない。

 もっとも包装だけではない。節電で夜景は暗くなり、広告モニターは消灯され、省電力仕様のモノトーンになる。世界が静かに彩度を落としていく。
色彩の洪水に慣れきった目には、むしろ禁欲のほうが贅沢に映る。「見せびらかす」のではない。「わかるやつだけ、わかればいい」。その屈折した美意識が、“粋”という日本独特の色気を育てた。
 白黒の街で、たまに差す紅は凶暴なほど美しい。全部がカラフルだった時代には気づかなかった、一滴の赤の価値。たぶん次の贅沢とは、無限の色ではない。削ぎ落とされた世界に、ほんのわずか許される色が“艶”になるでしょう。